2024/8/30(金)旅程
旅行の朝は早い。この日の起床は4時30分、宿は相変わらずネットカフェである。しかも私の席は換気扇の真下であり、その音のせいでほとんど眠ることすらできなかった。この日は5日目、即ちこの旅行も既に後半戦であるが、午前中に未乗路線に乗りつぶした後、ついに道東方面へと足を踏み入れる。
旭川5時44分発の富良野行はH100形単行での運行、閑散とする旭川の1番線から乗車したのは私を含めて2人であった。しばらくは駅間距離の短い旭川の市街地を走行するが、やはり西御料を出た頃からは大地の中を走ることとなる。少しずつ乗客も増えていく中朝日に照らされる畑の中を見届けること1時間、7時1分に富良野に到着した。
富良野からは根室本線に乗車し滝川へと向かう。かつて「鉄道ファン」にて滝川発根室行の普通列車2429Dの特集を見て一度は乗りたい、と考えたこともある私であるが、その夢は叶うことなく今年春に富良野〜新得間が廃止されてしまった。これまで北海道に行くタイミングのなかった私にとっては今回が初の根室本線乗車、富良野7時39分発の滝川行はキハ40単行での運転であった。
しかしこの区間も学生の通学ルートとはかなり外れているようで、富良野時点での乗客は3名、そのあと滝川に向かうにつれて若干増えたものの空席が目立つのは変わりなかった。結局1時間近く空知川に沿って走り、滝川には8時45分着。
ここからは一度特急ライラック5号に乗車し深川へと向かう。千歳線内で早朝落雷があったようで、3分遅れの8時55分に滝川を発車した。自由席は60%近い乗車率であった。やはりその遅れを維持したまま9時8分に深川着。向かい側に停車中の留萌本線に乗車する。
深川9時13分発の石狩沼田行に乗車する。車両は今回の旅行で初乗車のなるキハ54形、車内は簡易リクライニングシートであるが、既にかなり劣化しており座り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。勿論冷房はない為窓は全開である。
ちなみに乗客は8人、いずれも乗車目的の人間のように見える。石狩沼田到着前に「折り返し列車に乗る際も荷物で座席を確保しないように」との旨が自動放送として流れるのは、良くも悪くもこの路線の現状を象徴しているとも言えるのではないか。
折り返し9時43分発の旭川行は15名ほどの乗車であった。勿論先ほどの石狩沼田行の乗客は全員乗車、それとは別に一般の利用者の方が石狩沼田と北一已からいらっしゃった。そして10時丁度に深川着。想像以上に呆気ない路線であった。
このまま普通列車で旭川まで向かうことも考えたが、ここで生温かいキハ54を降り冷房の効いた789系に乗車する。深川10時6分発のカムイ7号で旭川10時25分着、かなりの俊足ぶりであったので降りるのが名残惜しいほどである。
旭川駅前で「山頭火」のラーメンを食べた後、12時41分発の大雪1号に乗車する。車両はキハ283系3両編成、この車両に乗るのも実は初めてである。オールモノクラスの編成に寂しさを感じるものの、2号車指定席に乗車していたのは15名ほどであった。
宗谷本線や函館本線などとは違い石北本線内は一切高速化されていない為、最高速度95km/hでの運行となる。元振り子車に乗車しているから感じるという点もあるとは思うが、かなりゆっくり走っているという印象を感じる。ちなみにこの列車の旭川〜網走間の表定速度は61.2km/h、前々日に乗車した日高本線の普通列車は63.2km/hであり、これより遅いことになってしまう。ここではお酒は飲まず旭川駅で購入しておいた「カツゲン」を飲むこととした。
上川を発車すると峠越え区間に入り、かなりゆっくり走るような印象を受ける。ノロノロと、というのは誇張表現ではあろうが人口の少ない地域を走ったのち14時45分、遠軽に到着。ここで1/3近い方が下車される。この駅で進行方向が変わり今まで寝ていた隣席の方も起床され、一斉に座席が回り始める。もっとも埋まっていなかった座席は発車後に車掌さんによって回転されていたわけだが。
石北本線で忘れてはならないのは留辺蘂だろう。小学生の頃同級生とやった「駅名しりとり」で勝つために調べて見つけ出したこの「るべしべ」という地名。大変お世話になり幾多の勝利に貢献して頂いたこの駅であるが、留萌駅が廃止になった今や唯一の「る」であるこの駅をこの目で見ることができたのは、感慨深いものさえあった。
玉葱畑の間を抜け北見トンネルをくぐったのち、15時44分にオホーツク管内最大の都市である北見に到着。この旅行も5日目を迎え休憩、の意味もこめ今日はここで終了することにする。
北見市には初訪問、冬季五輪は割とテレビで見る私であるが、カーリングのハウスが想像以上に大きかったのが最大の発見であった。夕食はセイコーマートでカツ丼と適当なツマミを購入し、サッポロクラシックとともに頂いた。